2007/10/13 壁の釘

 握り飯をほお張りながら、私と相棒はしばし呆然としていた。札幌から映画撮影のために引っ越してきた、滝川市内のアパートでのことである。
 今回入居したのは、私たちが3年前に映画を撮った時にお世話になったアパートである。大家さんは私たちのことを覚えてくれていて、私たちが前回使った部屋も、たまたま空いていた。ちょうど7月から空室になっていたのだという。それはよかった、勝手知ったる我が家のようなものである、と安心していたのだが・・・・・・
 とても3ヵ月前まで人が住んでいたとは思えないような荒れ具合なのだ。カーペットには埃が厚くたまり、部屋に足を踏み入れるや、くしゃみが止まらない。トイレ、風呂、流し、どれも住人の気分を滅入らせるのに十分な汚れようである。
 しかし、泣き言を言っている暇はない。ここは私たちの生活拠点であるとともに、今回の撮影のメインの舞台でもあるのだ。それに、嫌な顔もされずに短期で貸りることの出来るアパートなど、そうはない。無言のまま、昼食の握り飯を食べ終えるや、地元の親切な友人に掃除機を借りに行き、ジャージ姿になって大掃除を始める。行きの車内のカーステレオで、大音量でかけていたラモーンズを口ずさみながら。戦術や戦略ではなく、まず兵站ありき――これが我々流の戦い方なのである。
 
 掃除を進めていると、何とも不思議な気分になってきた。このアパート、住人が転出時に家財道具などをそのまま置いていってしまうのが、“麗しき伝統”になっているようなのだが、その中に、なつかしい品々がある。この風呂場のマットやら、このゴミ箱やら、どれも私が3年前に買ったものだ。私たちが使い、置いていったものが、この間、何人の住人が住んだのかは知らないが、捨てられることもなく、そのまま残っているのである。
 この3年間で一体、何が変わって、変わらなかったのだろう?――いや、確実に変わったのだ。まず、大家さんが老いた。前回は1月から3月まで、厳冬期の撮影だった。予科練出身の大家さんは元気そのもので、毎日、アパートの高い屋根にハシゴでよじ登り、せっせと雪かきに励まれていた。「さすがは予科練の出身だ」と、その矍鑠とした姿を、畏敬の念を持ってながめていたものである。入居時にも室内の清掃はもちろんのこと、諸事ぬかりはなく、こんなに苦労することはなかった(前の住人が置いていった仏壇が、押入れに残っていたというオマケはあったが。詳しくは「The Dead」)。そう、当然のことだが、私たちも老いたのである。体の疲労は早く、心がへこむとなかなか戻らない。ただ、私たちを取り囲む困難な状況が、変わっていないだけなのである。
 日も傾きかけてきた。もはや鼻歌を口ずさむ余裕などはないが、何とかメドもついてきた。仕上げに壁の拭き掃除をしていると、大きな釘が飛び出している。「危ないじゃないか、こんな所に釘を刺しっぱなしにして行きやがって!」。顔を見合わせる相棒と私――ほぼ同時に思い出した。この釘、私たちが前回の撮影の時、小道具の柱時計を掛けるために打ち付けたものだ。まさにこの位置、間違いない。
 変わったようでいて変わっていない、変わらなかったようで変わっている――釘を壁から丁寧に引き抜いた。止まっていた時間を、再び動き出させるための儀式かのように。