一時間後のバスで新千歳空港に向かう予定である。札幌駅近くの喫茶店で時間を潰している。カウンター席の窓から見える桜はもう散り始め、葉桜になりかけている。でもって、私は一生懸命思い出している。はて、やはりこの喫茶店の大きな窓から、同じように葉桜になりかけの桜の木が風に揺れているのを見ていたことがあったはずだ、いつのことだったか……。
今回の札幌滞在は何だかんだとやることが多く、春の嵐のようにあっという間に過ぎ去ったが、何か不思議な感じが残っている。
東京を発った時、桜は散っていた。東京駅から水戸駅に向かう高速バス、首都高から見下ろす隅田川の流れに花びらがたゆたい、とりわけ言問橋の辺りの一面のピンク色が鮮烈だった。
札幌に来てみると、一日二日は寒かったが、気温はぐんぐんと上がり、連日の20度越えだ。あっという間に私の一番好きな6月の札幌になった。そして桜の花も一気に開花した。去年も今頃の時期に札幌に来ていたが桜を見た記憶はないぞ?それもそのはず、今年の札幌の開花は平年より14日も早く、1953年の観測開始以来、最速だという。私もうれしくなり、昼間は作業を放り出して、連日大通公園辺りをぷらぷらと散歩していた。
で、ちょっと気温が下がったかなと思ったら、あっという間に散り始めていた。何だが、早回ししたフィルムを巻き戻して、また一からやり直すような感じである。
はて、と言うことは、ここから葉桜を見ていたのは、5月に札幌にいた時ということか。いつだ?――思い出した。4年前、私が前作を撮った時のことだ。3月に滝川での撮影を終えると、一旦東京に戻り、またすぐ札幌で編集を始めた。作業が全て終わったのは、ゴールデンウィークをとうに過ぎた頃だった。
花はもっと散っていた。記憶の中の映像では、すっかり花が散った木々の間で、辛うじて花びらを残している桜が一本だけ、頼りなげに風に揺られている。あらゆることに一杯一杯で、実際は花を眺めている余裕などなかった。今、カウンターの中にいるマダムが、「桜が……」と窓の外を指差して、初めて気が付いたのである。
すべては同じことの繰り返しで、何も変わっていない、これからも――そんな徒労感が一瞬心をよぎった。
そうは考えまい。記憶の中の私はいつも疲れているというだけのことで、その時も、何かそんなに思い悩んでいたということでもあるまい。それに今の私は、上から見れば全く同じことの反復だけれども、横から見るならば、螺旋階段のように、少しだけ上がっているということを信じたい気分だ。
というわけで、今回はあれやこれやと伏線を張りましたが、それが今後、どのような物語上の展開を見せるのか?また書きつがれることになるでしょう。東京は初夏の陽気ですが、しばしの間、少し遅い春眠を貪ることとします。では、失敬。